Story03 『初友』  おきる さん Aquila
02
 この図書室は、私がノートに書き込む音や、ページをめくる音以外、 何も音がしない。
 静かな空間――息を吸い込めば、凛とした冷たい空気が流れ込んでくる。

 そんな図書室で一人、私はもくもくと今日出された宿題をこなす。
「……っと、これでお終い」
 私は最後の設問の答えを書き終えて、ノートを閉じた。

 始めは、教室で宿題をやっていたのだが、クラスにまだ人が多く残ってい て、 喋り合い、笑い合い、実に当たり前に青春を謳歌していた。
 そんな当たり前≠アとは、する相手がいない私にとっては、いまこなし た、 顔をしかめてしまいそうな量の宿題より、難しく困難な問題≠セ。
 気が散るというか、自分にはある種の問題≠フ多い教室を出て、いつもは 利用しない、 学校の図書室へとやってきたのだ。
 時には羨ましくもあり、輪に入りたくもなるが、この時期に―― そう、この時期にもなって、新たな関係を築いてるほど、余裕も時間もなかっ た。
(そう……もっと、頑張らないと)
 私は再びノートを開き、今度は参考書を開いた。
 ――と、その時
 バサっと本が落ちるような音が、後ろの本棚の方からしてきた。
「イタタ……」
 それと同時に、少女の声もしてきた。
 後ろを振り向くと、頭を掻きながら、少女がこちらへ歩いてきた。
「よ!」
 少女は片手をあげて、挨拶をしてきた。
「あっ……どうも……」
 私は軽く立ち上がり、頭を下げた。
「勉強かい?」
「は、はい」
 机の上が彼女に見えるように、横へと少し移動した。
「へ〜まあ、本来、ここは勉強とかに使う場所だしな」
 彼女は微笑み笑った。
「あなたは……そうじゃないの?」
「私かい? いや、勉強なんか全然」
 片手を顔の前で左右に振った。
「でも……その持っている本は……」
 私は彼女が持っていた、分厚く重そうな本を指差した。
 彼女はそれを見ると、鼻を掻いた。
「これ……これね……実は、枕代わりなのさ」
 本を胸の辺りに両手で持ち直して、彼女は恥ずかしそうに笑った。
「ぷっ――ふふ」
「ん?」
 彼女は目を丸くした。
「ふふ……はははっ」
 私は恥ずかしそうに赤くなる、彼女の仕草があまりにも可愛くて、ついつい 笑ってしまった。
「お、おい! 笑うなよ!」
「だ、だって〜ははっ! 今時、本を枕にって聞いたことなかったから……は はは」
 腹を抱えて私は笑った。
「むぅ〜」
 彼女はスネたように、本で顔を半分くらい隠した。
「ははっは〜……ごめんなさいね」
 私は少し落ち着いて、彼女に頭を下げた。
「いいよ……別に」
 顔を膨らせて、少しまだ彼女はスネてるようだった。
「私、どうしたら許してもらえるかしら?」
「そうだな〜……あ、それ!」
 彼女は辺りを見渡して、机の方を指差した。
 指差した方向には、私の参考書が積みあがっていた。
「これ?」
「そうそう、それ! あんた、見るからに勉強得意だろ?」
「得意ってわけじゃないけど……それが?」
「でも、苦手じゃないよな?」
「まあ……ね」
「お願いだ! 私さ〜今日、かなりの宿題を出されちゃってさ〜……ちょっと 待ってて!」
 そう言って彼女は、図書室の奥へと走っていった。
 再びここへ戻ってきた彼女の手には、数冊のノートが握られていた。
「これこれ!」
 彼女はノートをめくり、私に見せてきた。
「ああ、私も同じ部分を、今日ちょうど出されたのよ」
「ま、マジで?!」
「うん……ほら」
 私は自分のノートをめくって、彼女にみせた。
「み、見せてくれ! なあ〜頼むよ!」
 彼女は急に私の手を握ってきた。
 それに私はびっくりして、ノートを下へ落としてしまう。
「い、いいけど……て、手を離して」
 強く握られた手に、さらに力がこもった。
「ほんと、あんがとな!」
 彼女は、無邪気に抱きついてきた。

 彼女が私のノートを写し終わった頃には、すっかり陽が落ちてしまってい た。
「じゃあ、私、帰るわね」
 参考書をカバンに詰めて、私は席を立った。
「おう! 私も帰るわ」
 彼女もつづくように、カバンとは形容しがたい、バッグに無造作にノートを 放り込んで席を立った。
 二人で図書室を出た。
「じゃあ、ここで」
「おう! ……あの……あのさ!」
「ん?」
「また、よかったら……っていうのも、少しおかしいけど」
 彼女は、鼻を掻きうつむいた。
「勉強が無くても……ここに私はいつもいるから、きてくれると……いいな〜 って……」
「いいの?」
「もちろん!」
 彼女は顔を上げて、満面の笑みを浮かべた。
 私は指を立てて言った。
「じゃあ、せっかくだから、勉強もみてあげるわ! 自分で、あれくらいでき るようにならないとね!」
「え〜……」
 彼女はすごく嫌そうな顔をして、だらっと身体の力を抜いた。
「いいわね!」
 私は声を張って言った。
「は、はい!」
 彼女はビシッとたち直した。
「よろしい!」
 そして二人で微笑み合った。

 彼女とのこれからの関係は――
 今日の私から明日の私への宿題なのかもしれない。